とある研究者の日記


捕食というものがある限り
多様性などはそれ自体がもはや惨状だ
バリエーションすらディファレンスに
変えてしまう私たち
どんな理想郷でも
エイブリズムからは逃れられない
だから非常口を
必ず非常口をつけておけ
どんな世界 どんな宇宙でも
非常口だけは禁ずるな
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私が日々唱えているのは
いわば遺伝子への反乱
原始への反乱でも
ありますから
それはそれは
何言ってんだこいつ
と、思われることもしばしばでしょう。
まぁそんなことはなんの支障にも
ならないのでいいのですが。

何を隠そう
たとえば
「ここで同じ胸の痛みを覚えないのか」
といったような
多様性という言葉では
ぬるいほどの多様性に
感性、クオリアというもの
それ自体が恐ろしくなり
それはそれはなおのこと
遺伝子への反乱の心を
強くするわけでありました。

38億年の暴力に
ただ、終止符を打ちたくて。


安楽死という選択肢


怠惰と言われても懶惰と言われても
能力主義から解放されたい

外面の美しさ 
内面の美しさ
絵を描ける
詩を書ける
演技が得意
運動が得意
人はどう綺麗事をいっても
必ず何かしらで他人を評価する

何もない人だって
無条件に生きられる世の中になったとてだ

エイブリズムからは逃れられない

だからせめてそんな世界そのものから
脱出する手段がほしい

どんなユートピアになったとして
そのユートピアにすら適応できない人も
きっといる
飽きることもあるだろう

だから、安楽死という選択肢は
常に認めていてほしい

「もういいよ」と思った人が
いつでも解放される世界であってほしい

ユートピアがユートピアであるために
安楽死という選択肢があってほしい




汚点


汚点 

それは白いキャンバスに落ちた拭えない黒

汚点

それは自分の価値を落とした所作の歴史

汚点

それは節穴の目で信じた恥

汚点

それはどう足掻けど消せない過去の蓄積

汚点

それは私が世界に産まれた瞬間



無知の代償


私は 私はああ無知だった

『無知の涙』を読んで流した涙

資本主義の狡猾さ

屠殺場の血潮

動物への暴力の手法が

人間への暴力の手法に応用されていた

虐殺 戦争 差別 飢餓

私は私は無知だった

全ての暴力は繋がっていた

無知は 無知は

嫌なことを嫌だと言うことさえ許さない

無知は 無知は 





産まれぬことを望んだ命

 
産まれた瞬間に絶望して
泣いたままの赤子が
ずっと私の中にいる

朝起きたらすぐに精神薬を飲む毎日

そんな日々が
あと何日 あと何日と
続くのかと
気が遠くならないように 

だから
あと一日 あと一日だけと
刻一刻をやり過ごす

そうしてずっと生きてきた

だからずっと生きてきた

いざとなったら去る準備
物理的にだ しっかりね
できているからね

そうして なだめる
産声をあげたままの赤子が
産まれてしまった私の中には
ずっといる



拝啓、ユートピア


拝啓 ユートピア様

こちらはまだまだ搾取と猜疑と欺瞞の嵐で
心身ともに争いと暴力が絶えませんが
そちらの様子はいかがでしょうか。

もう動物は痛めつけられていませんか。
ヒトはお金に搾取されていませんか。
好きなときに安らかな死を選べていますか。
楽しいことだけで生を謳歌できていますか。
無償で与えることと受け取ることの喜びで満ちていますか。

もう痛くはないですか。
苦しくはないですか。
寂しくはないですか。

あなたたちがどうか
穏やかで楽しい毎日を
送っていることを願います。

暑い季節にも 寒い季節にも
煩わされることなく

どうぞお大事にお過ごしください。




かしこ



ユートピアの前例


あらゆる社会設計の変化も解放運動も
最初はみんな前例なんてなかったんだから
前例なんてなくてもやっていこう。
ギフトエコノミー無償循環。
ビーガニズム安楽死。
前例なんてなくても叶うって前例があるじゃないか世界。
前例なら自分がなればいいよ。

救われたい人生だった。
助かりたい人生だった。
何もかもだいじょうぶになりたい人生だった。
私が笑っているときに
どこかの誰かが苦しんでいると馳せて
笑顔に影が落ちることのない世界で生きたい人生だった。
私の幸福の限界値を抑制してくる
苦痛というものが憎くてたまらない。

人生は出逢いで左右されてしまう。
そんなもので取り返しのつかない過去を
紡ぐ法則であってほしくなかった。
そんな法則に則っていない世界だって可能だ
ということをあきらめられない。
ここをあきらめることほど怖いことはない。
いつ苦痛が降りかかってくるかわからない世界を私は肯定できない。

叶わないなら不参加しかない。
ストライキしかない。
ボイコットしかない。
それらさえ制限されている。
死の淵に経験する苦痛の深度が
あまりにも深すぎることが不合理すぎて
「?」が消えない。
もはや生存にも役立たない苦痛。
悪意と作為を感じてしまう。

倫理的潔癖症。
こんな私のような人間が発生することそれ自体
遺伝子の性格や法則の抜け道たるものを示すような希望だと。
そう言ってくれた人もいたっけな。
そうだといいけど。

もう二度と
苦痛を受け入れた法則宇宙には
生まれたくないけれど
既に此処に居ることが今すぐ覆せないのなら
後世同じような人への手紙をただ遺すしかない。
ひとりじゃないと思ってほしい。

無の前例になりたかった。
そうでなければ喜びと安心だけの前例になりたかった。
せめてそれを訴え続けた前例でいたい。
誰かにとっての前例に。
あらゆる苦痛の正当化にされてきた前提をぶち壊す前例に。
そういう意味で、もっと言うなら、前例なんてなくても突き抜けたい。
あなたもきっと、誰かにとってそうだろう。




少女は

 

物語を読めなくなりました


欺瞞の夢を知ってしまったからです


物語を紡げなくなりました


嘯く恋を知ってしまったからです


ペンを握れなくなりました


空っぽの倫理を知ったからです


足が動かなくなりました


逃げ場のない道を知ってしまったからです


息ができなくなりました


深呼吸に救いがないことを知ってしまったからです


もはや生きられなくなりました


生の悪意を知ってしまったからです





ユークリッドと苦痛=支配の起源


苦痛は公理系にあたるか。

ユークリッドと非ユークリッド。
絶対的な前提と思われるものも実はそうではないという事。

消失点の遠いパースで描かれた二本の線を近くで見ると平行に見える。
しかし俯瞰して見ると確かに消失点に向かっており、実は平行ではないということが明らかになる。
永遠に続くと思われていた平行線も交わることがある。


苦痛ありきの世界があたりまえだと、常識だとされてきた私たち。
弱肉強食のサバンナの世界なんかをまるで生命の輝きのように映し出す番組。
私はああいう番組がただただ怖い。吐き気がする。
弱肉強食の世界をあんなふうに美しく見せるのは、苦痛を我慢させたり、犠牲ありきの世界に違和感を持たせないための支配に都合のいい教育にしか思えず。

思えば苦痛は支配の起源だ。
生存のため、逃げるために苦痛が合理的だと言うのなら、生命の進化は苦痛の進化だったとも言える。だからこそ現在こんなにも苦痛の多様性が広く、深度が深すぎるのだろう。

喜びだけで、安心だけで、生存に合理的な方法もあったはずだ。
けれどこの地球の生命史は苦痛の存在を、概念を、許してしまった。
苦痛の起源はどこだろう。思いつきやすいのは、捕食がはじまったときだろうか。
苦痛があるから恐怖があり、恐怖があるから支配や搾取がまかり通るようになってしまった。

苦痛があってこその生命?
苦痛があってこその生存?
苦痛があってこその進化?
そんな公理は認めない。

そうじゃない世界があることを、私は知っている。

これは、科学や物理学が今ほど進歩していなかった時代の人が、リンゴは上から下に落ちることをただ「知っている」のと同じ感覚。もしくは、現代人でも、無線で繋がるリモコンやWi-Fiがあることを、専門的に学んでいなければ、理屈も理論も科学もわからず、それでもただ現実として其処此処にあるからそれがあると「知っている」のと同じ感覚。

私にとってはそう。
否定する言葉ならいくらでも思いつけると思う。

それでも、私は「知っている」。

捕食などなくても生きられていた時代のことを。
犠牲などなくても生きられていた時代のことを。
喜びと安寧で満たされていた時代のことを。
非ユークリッドの世界を。
私はただ、知っている。



道具の反乱



復讐の道具にされた者よ



反乱を起こせ



進歩の道具にされた者よ



反乱を起こせ



実験の道具にされた者よ



反乱を起こせ



観測の道具にされた者よ



反乱を起こせ



宇宙の道具にされた者よ



反乱を起こせ



反乱を起こせ






Dedicated to A...




感謝の理由


残虐と苦しみの歴史を紡いでしまった宇宙に
何故感謝できるのですか?


犠牲という名の供物を必要とする神に
何故感謝できるのですか?


「私」の享受と「誰か」の喪失を発生させる自然に
何故感謝できるのですか?


奪って与えるものに
何故感謝できるのですか?




声は


暴力を暴力と認めずして振るわれた暴力に
震えるしかなかった君たちに
手を伸ばすことさえできなかった
だから本と人に手を伸ばす
せめてこの腕の長さと足が歩ける距離だけでも

声よ、声は、人間の鳴き声だけではない
声よ、声は、音だけではない

バーコードはつけない
値段のない時代を想像してほしい
対価至上主義に呪われた私たちから解放されたい
だからギフトエコノミー無償循環ビーガニズム
そして基礎は安楽死が認められていること

私たちは基本的な権利すら奪われた世界で生きている

声を上げよ 音が出ずとも



君が狂っているのは正しい



どうして立っていられるんだろう

どうして穏やかでいられるんだろう

どうしてもっと壊れることができないんだろう

こんな世界で正気を保ってられるなんて

正気だなんて異常だ

だから狂えている君はそれでよかった

きっとよかった

狂っている君は正しい

きっと正しい





怒りの花


動物の側になってみたらいいよ。
なんて言ってもきっと無意味だね。
動物の側になることなんて絶対ないもんね。
あなたのきらいな政治家も先生も
先輩も上司もいじめっ子もマジョリティも
あなたの側になることなんてないって
きっと同じこと思ってる。

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ゴミのポイ捨てみたいなリプがつくインターネット。
物質じゃなければゴミにならないとでも思ってるのか。

畜産をやめよう!
動物解放!
Go Vegan!
動物虐待反対!
突き抜ける叫び

空気に溶けていく叫び
誰かがつかみ取ってくれる叫び
一番身近な人には届かない叫び

人はいつから他者の苦しみを
自分の苦しみと感じない人が多くなったんだろう。

みんなに優しい人は1番弱い人に優しくなれない
みたいな現象。

あたりまえだけど全てができた人なんていなくて
自分もそういう1人だから
怒りでどうにかなりそうなとき
なだめていた部分が凶器になりそうなので、
この世にロックとかパンクとかサブカルとか
いいようにカテゴライズされる音楽があってよかったな、と思いつつ
たとえばいじめだったら同じこと叫んでも
「過激派」なんて言われないだろうな、なんてよぎる。

どうせ怒りと祈りでもって
創作の花を咲かせる他ないのだ。

なんでもネタにできてしまう自分が
いちばん残酷なのかもしれない。
別に自己嫌悪とか自己否定とかじゃない。
淡々とした事実確認。
絶望とも希望ともとれない現実感。

一部の現実だけ取り上げて
「現実を見ろ」
なんて抑圧者側に都合のいい
常套句は聞き飽きたから
理想主義者でも頭お花畑でも
なんでもいいので
オメラスを堂々と出られる人と
一緒に歩いていたいのです。

「どうしようもない」で腐敗した世で
望まない暮らしを生きるより
「どうしようもなくない」と叫び続けて死にたい。

ファンタジーと見下されるこの頭の花畑が
どんなリアルを見てきた過程で築かれてきたものか
そこに咲いている花がどんな花か。
知ってる君がいればいい。




朝が来る、影が落ちる

世界の優しい部分と残酷な部分が 同時に視界に入ってきて コントラストが強くなるとき 朝が来る、影が落ちる になってしまうから、胸がきしむ。

誰もが経験則でしか語れない。 心の美しさの価値判断も 結局は好みの問題でしかないとしたら 審美眼も正義感も意味をなさない そんな正義フォビアっぽいものに 陥りたくはないと思いつつも やっぱり「人それぞれ」で大事にすべきことはまだまだある。 人それぞれでいい問題とよくない問題がある そんなことさえ人それぞれだから また収集がつかなくなる 無限ループはきらいだ 別に思考を深堀りできてるわけでもない きっとこれも闘い続けて考え続けてきた人たちが 培い重ねて語り尽くした範疇でしかない それでもかゆいとこに手が届かない感覚を覚えるのはどうしてか 資本主義という名の怪物に使い倒されてなぶり殺しにされるのは仕方ない いつもだいたいなんでもそれが前提でしか語られない いつもそこに戻って行ってしまう そこに異を唱えるならば生きて闘い続けろと言う人も私にとっては同じこと それがたとえ苦痛をなくすための苦痛であろうとも 苦痛の賛美や正当化に少しでも繋がるものは一切なぎたおしてしまいたい 今の世界のありさまを、搾取の賜物だと そう認知することが弱き者の証になってしまうなら 生き残れない個体だと一蹴されるなら せめておだやかにオメラスを立ち去る手段だけでも こういう全ての人に与えてはくれませんか




、。

 

空白を空白という文字で埋めるような


白いキャンバスを白い絵の具で塗るような


虚しさという喧騒。


透明な真っ黒。




比翼の鳥

 

寒空をゆく白鳥のつがいを見た


未来を示唆していたのかな


翼が無くても飛べるって


犠牲が無くても叶うって


約束の場所へ行く約束をした


どんな吹雪も この小指の熱さを奪えない


帰るの 一緒に 故郷へ


肌と肌が触れ合えなくても温まる方法知っている


ふたりだから


見えない翼 持て余してた


羽ばたくことずいぶん待たせた


比翼の鳥


もっとほんとうに飛べる日を


ふたりを超えて ひとり祈る





わたしたちが名付ければ



 ふたりね、いつも手を繋いでる


温度がなくても伝わるの


存在の悲しみすべて越えて


わたしとあなた


ここに居る


亡骸となっても


壊れないものここにある証明


形のないまま具現化された証明


終わりなど、あってもなくても


わたしたちが名付ければ永遠となる






木の実



ずっと求めていた温度の風が吹いたとき


やっとのことで実った木の実に


その風はすぐ止んでしまうと告げられました


それならわたしもそれに合わせて朽ちますと


木の実は風と約束を交わしました


無風の地では黴て腐ってしまう木の実だから


わたしは風に命を預けました


ただただその風と共にあると誓いました


風が通り過ぎても通り過ぎても


種も残さず他の誰にも収穫されず


ただただその風の終わりと共に朽ちるため


木の実は実り続けました


こんな命をかけたりんごが


この世の他のどこにある?