怒りの花


動物の側になってみたらいいよ。
なんて言ってもきっと無意味だね。
動物の側になることなんて絶対ないもんね。
あなたのきらいな政治家も先生も
先輩も上司もいじめっ子もマジョリティも
あなたの側になることなんてないって
きっと同じこと思ってる。

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ゴミのポイ捨てみたいなリプがつくインターネット。
物質じゃなければゴミにならないとでも思ってるのか。

畜産をやめよう!
動物解放!
Go Vegan!
動物虐待反対!
突き抜ける叫び

空気に溶けていく叫び
誰かがつかみ取ってくれる叫び
一番身近な人には届かない叫び

人はいつから他者の苦しみを
自分の苦しみと感じない人が多くなったんだろう。

みんなに優しい人は1番弱い人に優しくなれない
みたいな現象。

あたりまえだけど全てができた人なんていなくて
自分もそういう1人だから
怒りでどうにかなりそうなとき
なだめていた部分が凶器になりそうなので、
この世にロックとかパンクとかサブカルとか
いいようにカテゴライズされる音楽があってよかったな、と思いつつ
たとえばいじめだったら同じこと叫んでも
「過激派」なんて言われないだろうな、なんてよぎる。

どうせ怒りと祈りでもって
創作の花を咲かせる他ないのだ。

なんでもネタにできてしまう自分が
いちばん残酷なのかもしれない。
別に自己嫌悪とか自己否定とかじゃない。
淡々とした事実確認。
絶望とも希望ともとれない現実感。

一部の現実だけ取り上げて
「現実を見ろ」
なんて抑圧者側に都合のいい
常套句は聞き飽きたから
理想主義者でも頭お花畑でも
なんでもいいので
オメラスを堂々と出られる人と
一緒に歩いていたいのです。

「どうしようもない」で腐敗した世で
望まない暮らしを生きるより
「どうしようもなくない」と叫び続けて死にたい。

ファンタジーと見下されるこの頭の花畑が
どんなリアルを見てきた過程で築かれてきたものか
そこに咲いている花がどんな花か。
知ってる君がいればいい。