誰かが傲慢と呼ぶそのあたりまえを傲慢とする宇宙法則の傲慢さは


私も、種を問わずすべての他者も
この宇宙に存在するあらゆる有感生命が
常にさいわいであれる
物理法則の世界にいたかった。

さいわいの形がそれぞれである限り
そのそれぞれをそれぞれが脅かさないまま
それらの形が叶う法則の中にありたかった。

たとえば、衣食住足りているだけで
さいわいなのだから
それに感謝し謙虚でいなさい
と言われるけれど
衣食住が整っていないと苦痛を感じたり
命の危機に陥る…そんな肉体なのであれば
環境と肉体はもっと連動して
快適さを保障するものであってほしかった。
ライフラインが安定していることなんて
どこに行ってもあたりまえであってほしかった。

そんなのあたりまえだろって
そういう態度を傲慢と呼ぶのなら
傲慢でいられる世界であってほしかった。

それはもはや物理法則であるのだから
リンゴが木から落ちるだけのように
そこには謙虚も傲慢もない。
そんな世界で、あってほしかった。

あってほしかった。

誰かが傲慢と呼ぶそのあたりまえを傲慢とする
宇宙法則の傲慢さは追求されないまま
個の有感を弄ぶことは許されるのか。

許されることと許されないこと。
私にとってはこの世界の多数派の感覚のそれが
まったくのあべこべで。
私は生まれてくる星をまちがえた。

ただ一筋の差し色だけに見惚れ続けて
死なないほうを選んでいる。

今日も視界がくらくらする。